外商2.0
外商員という“資産”を運用する
百貨店の伝統的なビジネスモデル「外商」。大丸・松坂屋は、一対一でお客さまの人生に寄り添う外商の世界に、新たな風を吹き込もうとしています。最近では、直接お客さまを訪問して商談をする旧来の活動だけでなく、デジタルツールを使ってよりシームレスに顧客コミュニケーションを図る取り組みを強化。さらには外商員という「スーパー営業マン」を資産と捉え、社会に開いていく取り組みもスタートさせています。いまや高価な時計も、海外旅行も、家でさえもお客さま自身が情報を吟味し、オンラインで手に入れられる時代。そのような時代にデジタルというツールを手に入れ、新たな活躍のフィールドと出会った「外商」は、どんな一歩を踏み出しはじめているのでしょう。
買っていただくよりも、好きになっていただく。
「東京にも大阪にも行く富裕層のお客さまが、わざわざ松坂屋名古屋店でお買いものをしたくなる理由。それが外商員です」と語るのは、営業推進部で外商部門の戦略を担うM.N。M.Nが所属する松坂屋名古屋店は「日本一の外商」を掲げる店舗。年間約1200億円規模の売上のうち、なんとおよそ半分を「外商」の売上が占めています。
「外商員のイメージといえば、高価な宝石や時計をお客さまにお渡しするシーンが思い浮かびますが、彼らの仕事の本質はそこにはありません」とM.N。外商員の仕事は「商品を販売すること」ではなく「信頼関係をつくること」。その場面に至るまでに地道に積み重ねた信頼関係や、お客さまから得る好意の方にこそ価値があるといいます。
これはかなり特別なケースですが、海外旅行に行かれるお客さまのために着付けを習い、旅行に同行して、現地のパーティに出席されたお客さまに着物の着付けをしたという外商員もいます。「お客さまの特別な一日をサポートすることから普段のさりげない会話まで、様々な形で人生に寄り添い、感動を届けるのが外商の仕事。お客さまに喜んでいただくために労を惜しまない彼らへの尊敬が私の根底にあります」。
人間の眼と、デジタルの眼で。
「一方、私の仕事を一言でいうと『外商員のボール拾い』といえるかもしれません。外商は百貨店の伝統で、ある意味成熟したビジネスです。その反面、属人的な面もあり、オンライン時代に追いつけずにこぼれ落ちていくものもたくさんあります。それを見つけて拾い上げ、改善していくのが私のミッションです」。
ちなみに1人の外商員が担当するお客さまは200から300人。「外商員はお客さまのことを社内のだれよりも知っている存在です。とはいえ、新規のお客さまや一人ひとりの未知の興味については、常に把握できるわけではないのも事実。そこで、デジタル上のコミュニケーションツールや、データサイエンスの出番です。最近ではお客さまのオンラインでの購買履歴や好みを追跡することで、よりパーソナライズされたサービスを提供できるようになってきています」。
実際に、外商員の知らないところでお客さまが時計を熱心に探されていることがオンラインのデータから分かったためその情報を共有したところ、時計の販売会にご案内することができ、良い出会いに結びついたケースも。「外商員との対話がもたらすきめ細やかな『人間の眼』と、言葉にならない気持ちまでも掬いとる『デジタルの眼』をあわせれば、これまで以上に、なめらかなコミュニケーションをすみずみまで行き渡らせることができます」。
外商員の能力を測るものさしはない。
「『優秀な外商員に共通点はありますか?』と聞かれることがありますが、それを可視化することが目下の目標でもあります。お客さまからの信頼が厚い外商員に会うと、すばらしい人間性であったり、トークが上手だったり、それはもう感動するのですが、『いい外商員に正解はない』というのが現時点での私の考えです」。
しかし今後、新人外商員がより早く力をつけて活躍できるようにするためには、お客さまのご要望に応じた提案の方法や、しっかりと信頼関係を築くコミュニケーションの手段など、これまで個人に蓄積されてきた具体的なスキルやノウハウを体系化することも必要だとM.Nは分析します。「例えばAIを使って、お客さまと外商員の相性といった感覚的な要素を明らかにできれば、外商ビジネスの根幹を一歩前に進めるような、本質的な洞察が得られるのではないかと期待しています」。
店舗の外商、オンラインの外商。
ここ10年で大きく状況は変わったものの、外商といえば個人のご家庭によく足を運び、お客さまのライフスタイルや好みを理解しながらそれに合った商品を提案するのが一般的。「そのような外商員らしい細やかな心配りや誠実さを、リアル店舗でも、オンライン店舗でも、そのままの温度感で体験いただけるようにすること。それも力を入れていることのひとつです」。
例えば大丸・松坂屋では、外商のお客さまにご来店いただいた時の体験を一層特別にするために、ここ数年、各店舗の外商専用ラウンジを次々とリニューアルしてきました。また、外商専用サイトでは「ここでしか得られない貴重な情報」を発信するべく、情報の質や量の強化に力を入れています。「外商のお客さまの喜びは『自分のことを深く知ってくれている人から、思いがけないおすすめをしてもらうこと』。そんな外商の豊かさはそのままに、24時間おつきあいができるオンラインサイトができたら。会社としても、数年後のローンチに向けて準備を進めているところです」。
外商の未来を考えてみると?
「外商員が活躍すればするほど、目の前のお客さまだけでなく、社会全体がより良くなる仕組みをつくること」。それもM.Nのミッションです。「これまでメディアで外商というビジネスが取り上げられる際には、『百貨店を支持する購買意欲の高い富裕層』というお客さまを中心とした文脈で語られてきました。確かにそれもその通りなのですが、私たちは『外商員一人ひとりの才能』も大きなビジネス資産と考え、それを社会で活かす機会を創出することに力を入れています」。
例えば近年は、医療・介護サービスといった企業と世の中をつなげる取り組みもスタート。「小規模BtoBビジネスの分野に、外商員の営業力をインストールすることができたら、優れた技術やサービス、高い志をもつプロダクトが社会で開花するきっかけをつくれるかもしれません」。
「外商員に向いているのは、人が好きで、人のために動ける人。一方で『外商員』というタレントをどう生かしていくか考えるのが得意な人や、データを生かすことが好きな人にも仲間になって欲しいと思っています」。どんなツールを掛け合わせると外商員が働きやすくなるか。どの領域で力を発揮してもらうと社会がより良くなるか。M.Nはあらゆる可能性を模索しながら、外商の未来を構想しています。
プロフィール
M.N/名古屋店 営業推進部
1984年生まれ。2006年松坂屋高槻店に入社。2009年に松坂屋名古屋店へ異動、法人外商商品企画担当を約10年経験。2020年より外商戦略・店舗戦略に携わり、2022年より現職の営業推進部CRM推進として店舗全体・外商のCRM戦略を推進。2023年9月より現職と兼務で富裕層ビジネスの領域に取り組むスタートアップ企業に勤務。