AnotherADdress
百貨店発の服のサブスクリプション
「Netflix」や「Spotify」のようなデジタルコンテンツのサブスクリプションが浸透してきた一方で、物理的なモノのサブスクリプションはまだ新しい領域。そんな中、2021年に大丸松坂屋百貨店が新事業として立ち上げた「ファッションの定額サブスク」AnotherADdressは、会員数が20,000人、累計レンタル数が100,000着を突破するなどじわじわと広がりを見せています。物理的な店舗を持たず、基本的には服を販売しない。老舗百貨店とは一見対極に見えるこのサービスは、どのような思想のもとに生まれてきたのでしょう。
人と服に、次のつきあい方があるなら。
ハイブランドのジャケットや、息をのむようなデザインのワンピース、個性的なバッグ。そんなファッションアイテムを「持つ」のではなく、当たり前に「借り」られたら。AnotherADdress(アナザーアドレス)は、人とファッションのあたらしいつき合い方を提案するサブスクリプション型(月額制)のレンタルサービスです。
Maison MargielaやMARNI、ANREALAGE、Polo Ralph Laurenといった国内外の高品質なブランドのアイテムから、ユーザー自身で好みの一着を選び、一ヶ月間レンタルが可能。プランは月5,500円から22,000円の3パターン。着用後は専用のガーメントバッグに入れて返却するだけで、洗濯・クリーニングは不要。レンタルして気に入ったアイテムは割引価格でそのまま買うことも。
「ファッションには本来、人をわくわくさせる力がある」と話すのは代表のR.T。「服の役目は肌を隠すことではありません。着る人をポジティブにしたり、気の合う人同士を出会わせたり、仕事を円滑にする機能も持っている。こうした“ファッションエンパワーメント”ともいえる本質的な価値を、持続可能なビジネスモデルのなかで追求したいと思い、サービスをはじめました」。
中でも大切にしているのは「ファッションは使い捨てではない」という価値観。ブランドから服を仕入れた瞬間から、廃棄されるまでのすべての流通プロセスに責任を持ちます。例えばクリーニングは専門機関と提携し、服と環境の両方にダメージの少ない方法を選択。今後は洋服にシミが着いたら生地を染め直し、脇に匂いがついたら袖をカットしてノースリーブにリメイク。最後に残ったものは資源としてリサイクルしていく予定です。「百貨店は100年以上、大規模な小売をしてきた立場。売ったことに責任を持ち、レンタルしたことに責任を持つ行動を試行錯誤しています」。
じゃまする壁を、ひょいっとこえて。
現代の生活スタイルでは「お金がない」「時間がない」「空間がない」といった制約がファッションを楽しむ障壁だとR.Tは分析します。「特に東京では、クローゼットの大きさは限られ、持てる服の量も制限されています。仕事や育児をがんばれば買い物に行く時間は減り、経済的にも高価な服は購入しにくい。AnotherADdressの『借りる』というスタイルは、こうした制約をとびこえて、より多くの人々がファッションを楽しむ世界をつくるスイッチでもあります」。
メインのユーザー像は、富裕層やファッション愛好家ではなく、ファッション“潜在層”の人々。「だれしも『かわいい』『かっこいい』と言われたらうれしいはず。学生時代に専攻した生物学の視点では、生き物は異性を惹きつけるために変色や仮装をします。人間では服やメイクになる。ほめられてうれしいのは生き物として自然な反応です。そんな当然の欲求を解放するために、ファッションの制約を一つひとつ取り払うことも、AnotherADdressの大きなテーマです」。
「ほめられちゃった」を増やしたい。
公式サイトやSNSにはユーザーからのレビューが数多く投稿されます。会員登録にはLINEを使い、ユーザーとのコミュニケーションはスタンプも使って軽やかに。顔の見えないオンラインサービスですが、百貨店のリアルな店舗でお客さまに接していたときよりも親密な関係を築けているのだとか。
中でもうれしいのは「着ていた服をほめられた」という報告。最近ではメンズとレディスを垣根なく選べる仕様に画面を改良し、うれしい反応が集まりました。「女性の15%がメンズ服を、男性の10%がレディス服を選んでくれています。また壁を取り払えたようなうれしいできごとでした」。
シーンや好みに合わせて提案はするものの、最後にレンタルする服を選ぶのはユーザー自身。「服を選ぶことは手間といえば手間ですが、来週のデートはどうしようとか、取引先との大切な食事だからとか、シーンに合わせて服を選ぶのも醍醐味。サイトでは選ぶ楽しみを最大化するデザインや導線を工夫しています」。
「借りたい服」という新ジャンル。
レンタルを前提とすると「買い付けたい服」にも変化が生まれます。現代のファッション市場では、バイヤーは「無難な」ロゴ入りTシャツやバッグなどを買い付ける傾向にあります。対してAnotherADdressのアプローチはその真逆。デザイナーの創造性が反映されたデザイン性の高いアイテムこそ積極的に取り扱い、高価な服や個性的な服を着る楽しみを提案しています。
「服を『買う』ときには、長く使えるシンプルなものを選びがちです。しかしAnotherADdressでは無地より柄、黒やネイビーよりもオレンジやイエローが人気。こんなの買えないじゃんというようなアイテムも1ヶ月なら試したくなる」。これにはデザイナーたちからも「ショウピースを多くの人に着てもらえる」と喜びの声が届きます。
AnotherADdressにとって、コストと環境負荷はトレードオフの関係ではありません。「ダンボールの代わりに再利用可能なガーメントバッグを使用して、環境負荷も経済負荷も減らそうとしています。毎日倉庫に届くトラック一台分の返却用ダンボールと、保護用ビニールの廃棄から解放される見通しです」。
百貨店の暖簾と、ベンチャーの速さで。
立ち上げで最も困難だったのはブランドとの交渉だったとR.Tはいいます。「いまでこそ200ブランドのアイテムを扱っていますが、初めての出店交渉ではOKをもらうまで半年以上かかりました。その時、最初にブランドパートナーとして参加を決めてくれたのは、世界を代表する海外のラグジュアリーブランドでした」。
「交渉では大丸・松坂屋の老舗の暖簾に助けてもらいました。“百貨”に渡るネットワーク、店舗、お客さまとの深い信頼関係、歴史。その風土をもっと生かしきれたら、世の中が良くなるビジネスをいくらでも生み出せるはず。これから入社するみなさんには、百貨店の本質的な価値を理解しつつ、瑞々しい視点で大丸松坂屋百貨店を再編集していってほしいですね」。
プロフィール
R.T/本社 経営戦略本部 DX推進部 AnotherADdress事業責任者
1988年生まれ。2011年大丸松坂屋百貨店に入社。大丸札幌店でワインアドバイザー/ソムリエとして売り場運営に従事した後、2014年よりJ.フロントリテイリングのIT新規事業開発室へ。以降、一貫してITやスタートアップ周辺の新規事業案件に携わる。現在AnotherADdressの責任者として事業拡大を推進。